纏向遺跡の保全と継承

纒向遺跡第176次調査現地説明会がありました


画面内左右の白い矢印で画面がかわります。

 2013年2月3日(日)に桜井市教育委員会・纒向学研究センターは、纒向遺跡第176次調査現地説明会をおこないました。私は現地説明会終了時間の午後3時少し前に着き、担当者の方から説明を受けることができました。当日は、約1,500人の考古学ファンが参加しました。


 2008(平成20)年から始まった範囲確認調査で、3世紀初めから中ごろまでの間、棚列を配し、方位や中軸線をそろえた大型建物群が確認されました。今回の調査は、①これまで検出している建物群の西側に、どのような遺構があるのか確認すること。②大型建物群を含む、居館域全体を区画する施設を確認することとの説明でした。
 現在、纒向遺跡で発掘調査がおこなわれたのは、全体のわずか5パーセントほどで不明な点も多く残されています。遺跡は原始社会から階級社会、初期国家へ移行した日本の歴史を明らかにできるところです。
 今後の調査にあたっては、遺跡周辺部では住宅地化がすすんでいることもあり、遺跡の部分的な調査・保存と史跡指定ではなく、遺跡全域の国の史跡指定に向けたとりくみが必要です。

纒向遺跡第176次調査現地説明会資料

纒向遺跡(桜井市)の保全と継承
まちづくりを考えるシンポジウム

 市会議員の吉田でございます。
 私は、少し時間をいただきまして、本日のシンポジュウムの開催の経過について報告をさせていただきます。
 そして本日は、松井市長は市主催の市民体育大会の会長としての公務があるために、残念ながらシンポジュウムに出席ができないということで、市長からメッセージが託されていますので、代読をもって挨拶とさせていただきますので、よろしくお願いします。

 「市長のメッセージを代読する」
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 そして、今日のシンポジュウムの開催に当たりましては、資料の用意や橋本輝彦桜井市教育委員会文化財課係長・桜井市纒向学研究センター主任研究員が講演をおこなうなど、桜井市の全面的な協力を得ているということを、まず報告をさせていただきます。
 そして、本日のシンポジウム開催の経過でありますが、3年前の市教育委員会による調査で、3世紀前半では軸線を揃えた最大規模の建物を検出され、その後の発掘調査現地説明会に全国から1万人の方が訪れるなど、纒向遺跡が邪馬台国の中枢部分の有力な候補地として注目を集めています。
 その後の教育委員会の調査や研究により、ますます稀有(けう)な遺跡であることが分かってくるなかで、私たち桜井市の文化財研究者や市民からも、この広大な遺跡をどのように保全をし、将来、どのようなまちづくりに生かしていくのか、市が早く示すべきだという声があがっています。
 その一方で、纒向遺跡の地元では、土地の利用をめぐって、同遺跡内の辻地区など、5つにまたがる地域が、これまでは市街化調整区域で、開発行為や建築が基本的にできなかったわけですが、国の規制緩和の流れのなかで、商業開発などができるようになりました。事実、2006年から住宅建築が可能になった遺跡内の地区で、民間業者による36戸の新しい住宅が立ち並びました。私は、遺跡を守っていくためには、遺跡だけではなくその周辺の景観を含む全域の保存が必要であると考えています。
 そして、2010年9月議会で、纒向遺跡の保存について、一般質問で取り上げました。その少し前には、日本共産党地方議員の研修が桜井市内で開催され、今日、パネラーでご参加をいただいている吉井ひでかつ衆議院議員から、埋蔵文化財の保護についての講義の後、遺跡の現地見学会をおこないました。私は、このときはじめて、吉井衆議院議員が埋蔵文化財の保護について、特に陵墓問題について、国会でよく質問をされているということを知りました。そして、現地では、同じく今日もパネラーで参加をしていただいています橋本係長の説明と、今から1700年前の桃の種を見ることができました。
 その年の10月に日本共産党奈良県委員会が、「纒向遺跡の保全と継承」―――日本共産党の見解と提言を発表しました。私たち日本共産党桜井市委員会としても、これを契機に広大な遺跡の保存をどうするのか、将来、まちづくりにどう生かすのか、関係機関や関係者、市民や県民のみなさんと、一緒に考えていくシンポジウムを開催したいと考えていました。
 今日、みなさんのお力添えで、ようやくそれが実現することができました。感謝を申し上げたいと思います。
この後、小笠原よしひこ先生がお話をされますが、そのあと、討論や質問の時間もございますので、遺跡の保存や、地域のまちづくりの課題について、おおいに意見を出していただいて、纒向遺跡のもつ歴史的な価値について、皆さんと共有できれば幸いと考えています。どうか、よろしくお願いします。
 報告は、以上でございます。


奈良民報 2012年10月13日付
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熱気に包まれるシンポジウム、(左から)小笠原、石部、吉井、橋下の各パネラー

纒向遺跡(桜井市)の保全と継承
まちづくりを考えるシンポジウム
日本共産党奈良県委員会と同県議団が開催
桜井市纒向学研究センター 橋本氏が遺跡の研究成果報告

石部元五條市文化博物館長、吉井衆院議員、
小笠原滋賀大学名誉教授の報告に250人傾聴

 日本共産党奈良県委員会と同県議団は8日、桜井市の纒向(まきむく)遺跡の保全・継承とまちづくりを考えようと、同市内でシンポジウムを開催し、約250人が参加しました。桜井市纒向学研究センター主任研究員の橋本輝彦氏の纒向遺跡についての最新の研究成果の報告、元五條市文化博物館館長の石部正志氏の纒向遺跡の評価と遺跡保存への情熱、吉井英勝衆院議員の原子核の専門からの考古学への思索と陵墓公開などの国会質問、さらに、小笠原好彦・滋賀大学名誉教授の日本国家の成立にかかわっての纒向遺跡の重要性についての報告に、参加者は熱心に耳を傾けていました。

 最初に山村さちほ県議が主催者を代表してあいさつしました。山村県議は一昨年10月、党県委員会が纒向遺跡の保存と継承についての提言を発表したことを紹介。このシンポを機にさらに奮闘すると述べました。

 橋本氏は纒向遺跡について、遺跡の範囲は北側がまだ不明だが、唐古鍵遺跡で13個分という巨大な遺跡で、弥生以前では纒向遺跡より大きなものは見つかっていないことや、3世紀に突然出現して4世紀前半に廃絶という特徴を述べ、それは各地の勢力が合議で纒向に置いた首都だったからではないかと言われていると説明しました。

 それを裏付けるものとして、国内で初めてこの地で前方後円墳を作り、それが列島各地に広がったこと、他の遺跡では出土遺物の7~8割を占める農業用工具が纒向遺跡では5%しかなく、米作りをしない人々の居住地だったこと、出土する土器のうち3割はヤマト以外のもので、それだけよそから多くの人が来たこと、さらに、当時国内になかった馬具やベニバナの花粉の出土から、大陸との交流もあったのではないかと述べました。

国家形成スタートの場所・・・橋本氏
超重要遺跡で全面保存を・・・石部氏

 また、居館遺構が2カ所発掘されており、4棟分の建物遺構の大きさが注目されているが、方位や軸線がきちんとしていることに注目してほしいと述べました。
そうした建物はそれ以前にはなく、朝鮮や中国の影響を受けて初めて作られたものであり、後の寺院や宮殿などにつながるスタイルを持つ建物跡であると指摘して、飛鳥以前では大王宮は見つかっていないなかで、纒向はそれにつながるものであり、大型古墳などと合わせて、日本の国家形成のスタートになる場所として大変重要だと強調しました。

   ***

石部氏は、「纒向の地は3世紀後半に成立した日本で最初の国家、橋本さんは慎重を期して邪馬台国という言葉は使われなかったが、邪馬台国の中心地であったことはほぼ確実」と述べました。
そして九州と纒向、魏との関係や、古墳の変遷など詳しく述べ、3世紀初め古代国家成立の中心だった点で「纒向遺跡は2つとない超重要遺跡だ」と強調しました。また、その発掘調査はまだ3%にすぎないが、住民が田畑を大切に守ってきたために遺跡は良好な形で保存されており、住民の農業など生活を守りながら国、県、市が全域を特別史跡に指定して保存していくことが重要だと述べました。

陵墓公開しもっと調査を・・・吉井氏
次世代へきちんと継承・・・小笠原氏

 吉井衆院議員は、専門の原子核から古墳の水銀朱の調査に関心を持ち始めたことを述べ、国会で纒向遺跡の保存や陵墓の問題で質問してきたことを紹介しました。
そして、宮内庁が国民の財産を「陵墓」として管理しているのに、被葬者などについて矛盾だらけなので、「きちんとした対応が求められる」と批判しました。
また、宮内庁が国有財産法によって管理している箸墓古墳について、国会質問でも政府が文化財に該当すると答弁しているとして、文化財保護法の対象にしてもっと国民のものにし、研究していくことが必要だと述べました。
そして、日本共産党奈良県委員会が発表した「提言」が遺跡全域を保存するとしていることを紹介し、当時の我が国だけでなく東アジア史を解明するためにも全域を保存させることが重要で、そのために世論と運動を盛り上げようと決意を込めて表明しました。

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 コーディネーターの小笠原氏が、日本の古代国家がいつ成立したかは大きな問題で、それを考えるうえで卑弥呼の段階の評価と邪馬台国がどこにあったかが大きな問題だと提起しました。邪馬台国は、九州もヤマトも含まれており、どちらに中心があったかという問題だと指摘しました。
そのうえで、纒向の地は日本の大型の前方後円墳の発生した拠点で、最初の同盟関係を結んだ中枢部はこの地域を除いて考えられないというのが多くの研究者の共通認識であると強調しました。そして、それだけの地をきちんと保存して次世代に継承していく必要があると述べました。
また、平城宮跡や明日香村の保存運動にも触れて、地域の人たちと国や行政、サポーターの連携、支援が大事であり、今日のシンポは重要だと強調しました。
その後、纒向遺跡の性質や保存とまちづくりについて、さらに討論が続きました。

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 吉田忠雄桜井市議が、シンポジウムは桜井市の全面的な支援を受けていることを述べ、松井正剛市長のメッセージを代読しました。
最後に山﨑たよ衆院4区候補が閉会のあいさつを行いました。
参加者は「パネラーの素晴らしい発言に、纒向遺跡の重要性を再認識しました。全面保存が実現するように、関係者が努力しなければ」と話していました。